教授シリーズ・レポート 「ストレート合格率」という指標 ── 国家資格養成課程の、入口と出口を読む
「ストレート合格率」という指標
── 国家資格養成課程の、入口と出口を読む
薬学部に入学した者の約4割は、6年で薬剤師になっていない。大学案内に示される「新卒国家試験合格率」だけでは見えない、進路選択の前提を、公表統計から読み直します。
要旨
大学のパンフレットに載る「国家試験合格率」は、6年間で脱落しなかった者だけを分母にした数字です。入学者全員を分母に取り直した指標を、文部科学省は「標準修業年限内の国家試験合格率」として公表しています。本レポートでは、これを「ストレート合格率」と呼びます。
本レポートは、学校・塾・予備校の先生方の指導や、日々の学習の代わりではありません。それらの上に、公表統計から進路選択の前提を読み直す視点を一段重ねるための分析です。
第1章 二つの合格率 ── 見ている数字が違う
1-1 「新卒合格率」の分母は誰か
薬学部を志望する高校生が、大学のパンフレットを開く。そこには「国家試験合格率95%」といった数字が誇らしげに並んでいます。この数字は誤りではありません。しかし、その数字が何を数えているのかを知らないまま進路を決めると、6年後に思わぬ現実に直面することになります。
| 区分 | 受験者 | 合格者 | 合格率 |
|---|---|---|---|
| 全体 | 12,774人 | 8,749人 | 68.49% |
| 6年制新卒 | ── | ── | 86.25% |
| 6年制既卒 | 4,871人 | 2,013人 | 41.33% |
出典:厚生労働省「第111回薬剤師国家試験の結果について」(2026年3月25日公表)より作成。
新卒86.25%。この数字だけを見れば、「薬学部に入れば、9割近くが薬剤師になれる」と読めます。ところが、この分母は「その年に受験した新卒者」であって、「6年前に入学した者」ではありません。
1-2 文部科学省が公表するもう一つの数字
文部科学省は、ある年度に入学した学生を追跡し、標準修業年限(6年)内に国家試験に合格した割合を公表しています。本レポートでは、これを「ストレート合格率」と呼びます。
| 指標 | 分母 | 公表機関 | 何が見えるか |
|---|---|---|---|
| 新卒合格率 | その年の新卒受験者 | 厚生労働省 | 卒業試験を通過した者の、試験当日の実力 |
| ストレート合格率 | 6年前の入学者 | 文部科学省 | 入学から資格取得までの到達率 |
出典:厚生労働省「薬剤師国家試験の結果について」各回、文部科学省「薬学部における修学状況等」各年度調査より整理。
両者は、測っているものが根本的に違います。新卒合格率は「残った者の実力」を測り、ストレート合格率は「入った者が到達できたか」を測ります。受験生と保護者が知りたいのは、「この大学に入ったら、私は6年で薬剤師になれるのか」という問いです。
1-3 卒業試験という「関門」
私立薬学部の多くは、6年次に卒業試験を課します。国家試験に合格する見込みのある学生だけを受験させる仕組みであり、大学にとっては合格率を維持する装置として機能します。
学生の側から見れば、卒業試験で足止めされることは卒業延期を意味します。留年、退学、卒業延期は、いずれも新卒合格率の分母から消えます。数字は美しくなっても、学生の現実は消えません。
第2章 薬学の実像 ── 60.1%という数字
2-1 入学者の約4割は、6年で薬剤師になっていない
| 指標 | 数値 | 意味 |
|---|---|---|
| 標準修業年限内の国家試験合格率 | 60.1% | 入学者の約4割は6年で薬剤師になっていない |
| 退学等の割合 | 12.2% | 8人に1人が薬学部を去る |
| 標準修業年限での卒業率(3か年平均) | 67.9% | 3人に1人は6年で卒業できない |
| 新卒国家試験合格率(3か年平均) | 84.7% | 「残った者」の合格率は高い |
| 入学定員充足率(3か年平均) | 90.7% | 定員割れが常態化 |
出典:文部科学省「薬学部における修学状況等 2025(令和7)年度調査結果」。
2-2 設置主体による、23ポイントの断層
| 設置主体 | ストレート合格率 | 全国平均との差 |
|---|---|---|
| 国立大学 | 80.0% | +19.9ポイント |
| 公立大学 | 75.9% | +15.8ポイント |
| 私立大学 | 56.8% | ▲3.3ポイント |
国立80.0%に対して私立56.8%。その差は23.2ポイントです。ただし、この差を「私立の教育の質が低い」と単純に読むことはできません。入学時の学力層、定員充足率、入試の選抜性など、複数の要因が絡みます。
一方で、私立でも北里大学84.2%、福岡大学80.5%、慶應義塾大学77.5%、京都薬科大学75.6%など、高い到達率を実現している大学があります。私立だから低いのではなく、大学によって違うのです。
2-3 脱落は、低学年で起きている
文科省調査に基づく分析では、全体の23%が1〜4年次で脱落しており、最大の関門は5年次への進級です。5年次の長期実務実習へ進むには、それまでの基礎科目を積み上げていなければなりません。
2-4 大学差は、平均では見えない
| 指標 | 状況 |
|---|---|
| ストレート合格率50%未満 | 23校。最低は千葉科学大学14.8% |
| 私立大学の上位 | 北里大84.2%、福岡大80.5%、慶應義塾大77.5%、京都薬科大75.6%など |
| ストレート合格率100% | 東北大学 |
| 退学率3割超 | 私立4校。最高39.3% |
| 退学率0% | 国公立6校 |
| 退学率が低い私立 | 福岡大1.7%、星薬科大2.7%、安田女子大3.6%、北里大3.7% |
第3章 制度の動き ── 淘汰が始まっている
3-1 なぜ、こうなったのか
2006年の薬学部6年制導入以降、薬学部は急増しました。文部科学省の資料によれば、薬学部数は2003年の48から81へ、約1.7倍に増えています。一方、18歳人口は減り続け、定員割れが広がりました。
志願者が集まらなければ、選抜性は下がります。選抜性が下がれば、入学者の学力層が変わります。学力層が変われば、進級・卒業・国家試験の到達率が下がる。この連鎖が、ストレート合格率50%未満の大学が23校あるという数字につながっています。
3-2 国が動いた ── 定員抑制と募集停止
| 時期 | 動き | 内容 |
|---|---|---|
| 2023年9月 | 文部科学省告示 | 2025年度以降、薬学部の新設・定員増を原則認可しない方針 |
| 2025年度 | 募集停止 | 姫路獨協大学が薬学部の募集停止 |
| 2026年度 | 募集停止・定員減 | 医療創生大学が募集停止。城西国際大・湘南医療大・就実大が定員減 |
| 2027年度 | 募集停止・定員減 | 城西国際大学が募集停止。新潟薬科大学・長崎国際大学が定員減 |
| 2026年4月 | 財政制度等審議会の建議 | 薬学部定員の大胆な削減を提言 |
3-3 受験生にとっての意味 ── 「消える大学」のリスク
教育環境の変化リスク。募集停止・定員削減は、学生数の減少と収入減を意味します。教員体制、実習設備、国家試験対策の支援体制が、6年間維持されるかを見極める必要があります。
大学の再編リスク。名称変更、学部改組、設置者変更が相次いでおり、入学時の大学と卒業時の大学が同じ姿とは限りません。
「危険水域」の識別可能性。文科省の指導対象となる入学定員充足率50%未満の大学は、募集停止リスクが高いと考えられます。
3-4 薬剤師需給という背景
将来的に薬剤師は供給過剰になるとの推計がある一方、地域別・業態別に見ると不足している領域もあります。病院薬剤師や地方では不足の可能性が指摘されています。
第4章 獣医という対照群 ── 同じ構造は、他にもある
4-1 獣医師国家試験の推移
| 回(実施年) | 全体 | 新卒 | 既卒 |
|---|---|---|---|
| 第73回(2022年) | 80.3% | 88.6% | ── |
| 第74回(2023年) | 69.9% | 81.1% | ── |
| 第75回(2024年) | 72.7% | 84.4% | ── |
| 第76回(2025年) | 71.9% | 83.8% | 40.6% |
| 第77回(2026年) | 68.4% | 83.9% | 32.4% |
新卒83.9%・既卒32.4%という落差は、一度つまずくと取り返しが極めて難しい構造を示しています。これは薬学の既卒41.33%と共通します。
4-2 ただし、獣医には「ストレート合格率」がない
薬学部については、文部科学省が入学者を追跡したストレート合格率を毎年公表しています。一方、獣医学部については、これに相当する公表統計が見当たりません。
第5章 大学選びの実務 ── 確認すべき五つの数字
5-1 確認すべき五つの数字
| # | 確認する数字 | 入手先 | 何が分かるか |
|---|---|---|---|
| ① | ストレート合格率 | 文部科学省「薬学部における修学状況等」 | 入学者が6年で資格に到達する確率。最重要指標 |
| ② | 退学率 | 文部科学省「薬学部の6年制課程における退学状況等」 | 学生が去る率。学生支援の状況を考える材料 |
| ③ | 標準修業年限での卒業率 | 同上 | 留年・卒業延期の実態 |
| ④ | 入学定員充足率 | 文部科学省/日本私立学校振興・共済事業団 | 募集停止や経営状況を考える材料 |
| ⑤ | 新卒国家試験合格率 | 厚生労働省「薬剤師国家試験の結果について」 | 参考指標。①と併せて見る |
5-2 三つの組み合わせで読む
①が高く⑤も高い大学。入学者を確実に資格取得まで導いている可能性が高く、教育体制と学生支援が機能していると考えられます。
①が低く⑤が高い大学。卒業試験等で絞り込むことで新卒合格率を維持している可能性があり、6年で到達できるかを慎重に確認する必要があります。
①も⑤も低い大学。教育体制に構造的な課題がある可能性があります。退学率や定員充足率と併せて判断します。
5-3 高校段階で準備できること
- 化学・生物・物理の土台を厚くする。
薬学部の1〜4年次は、高校理科の延長線上にある基礎科目で構成されます。受験を突破する学力と、6年間走り切る学力は同じではありません。 - 「入試の難易度」と「入学後の負荷」を別物として考える。
入りやすい大学は、入学後の負荷が軽いわけではありません。 - 学修支援体制を大学選びの基準に入れる。
オープンキャンパスで確認すべきは、設備だけでなく「1年生がつまずいたとき、何が起きるか」です。
5-4 指導者へ ── 進路指導の盲点
「動物が好き」「薬に興味がある」という動機は尊いものです。しかし、入試の難易度だけでなく、出口の構造も伝える必要があります。
入学は資格取得を保証しないこと。一度つまずくと取り返しのコストが高いこと。大学差が大きく、その情報が公開されていること。この三点を、志望校選定の段階で共有する必要があります。
第6章 所管という死角 ── なぜ議論が届かないのか
6-1 国家資格養成課程の、所管の地図
| 資格 | 資格の所管 | 修学状況の公表 | 入試改革の議論 |
|---|---|---|---|
| 医師 | 厚生労働省 | あり | 文科省の議論が及ぶ |
| 薬剤師 | 厚生労働省 | あり | 定員抑制など制度介入あり |
| 獣医師 | 農林水産省 | 相当する調査が見当たらない | 高大接続改革の圏外 |
| 愛玩動物看護師 | 農水省・環境省の共管 | 就職状況等調査あり | 同上 |
同じ「国家資格養成課程」でありながら、公開される情報の粒度は、所管によって違います。薬学部の受験生はストレート合格率を知ることができますが、獣医学部の受験生は同等の情報を得られません。
6-2 これは、誰の責任でもなく、誰の問題でもある
この非対称は、特定の省庁の怠慢ではありません。行政の所管構造が、そのまま教育議論の地図に写し取られた結果です。
6-3 本レポートが残す問い
- 獣医学部・歯学部・看護学部について、薬学部と同等の修学状況調査が行われれば、何が見えるか。
- ストレート合格率が低い大学に対して、質保証の観点からどのような施策が有効か。
- 「薬剤師過剰」という全国総数の議論と、病院薬剤師・地方の不足という現実を、どう接続するか。
結び ── 数字は、すでに開かれている
本レポートが提示した中心的な事実は、一行に畳めます。薬学部に入学した100人のうち、6年で薬剤師になるのは約60人です。そして私立では、約57人です。
この数字は、隠されていたわけではありません。文部科学省が毎年公表し、誰でも無料で見ることができます。それでも進路指導の場や大学のパンフレットでは、入学者を分母にした数字より、新卒受験者を分母にした数字が前面に出ます。
本レポートは、大学を批判するものではありません。国家試験合格率が大学評価に直結する構造の中で、卒業試験によって質を担保することは、教育機関として合理的な判断でもあります。問題は、その構造が受験生に十分伝わっていないことです。
資料編 数字の入手先
- 文部科学省「薬学部における修学状況等」
- 文部科学省「薬学部の6年制課程における退学状況等」
- 厚生労働省「薬剤師国家試験の結果について」
- 農林水産省「獣医師国家試験の結果について」
- 日本私立学校振興・共済事業団「私立大学・短期大学等入学志願動向」
- 文部科学省「収容定員の変更に係る学則変更認可申請一覧」
書誌情報
清光教育総合研究所(2026)『「ストレート合格率」という指標 ── 国家資格養成課程の、入口と出口を読む』教授シリーズ・レポート RP-2026-02
